2026/09/23 水

英語学習における書くこと調べることの重要性

先日、英語指導に特化した研修会を開催しました。その際に開催側でも「書くことと調べること」の有用性について準備をしてましたが、参加者(講師)たちからも「書くことが少ない」「辞書を使って調べない」ということへの危惧が多数述べられました。今回はその辺りについて思うところを綴りたいと思います。

=書くことの意味=

「書く」と言えば文字。幼少期から言葉を覚えるために、仮名や漢字の書き取りをして日本語を習得していくことは普遍的な学習法だと思います。またその過程で文を書くようにもなります。逆に書かずして習得することは不可能に近いとさえ思います。

実際「書く」行為は脳科学的にも記憶・集中力などを含め「書かない」学習より優位であることが示されています。大人を対象とした実験になりますが、自分の手で文字を書き写した人は、新しい文字をタイピング、あるいは単に見て学習した人と比べて、文字を認識するのが早く、思い出しやすく、発音さえも上手だったのとことです。

一方で、「見る」「読む」という行為は学習方法としてどうなのか?

「読む」ことは、特に言語学習において欠かせないプロセスで、言語が音と文字から構成されていることを考えれば当然であり、「書く」と「読む」を同時並行で進めることが効果的な学習法であることは言うまでもありません。

では「見る」とは? 「見る」とは認知行為の中では通常、始めにくる部分なので、見ないで学習することはあまりなく、当然、教科書なり、その他もろもろ文字情報の類を我々は見ているわけですが、たとえば高校生で「自分は見て覚える方が覚えやすい」という人もいます。ただし、これはある程度のレベルに達している場合で、「見る」だけで必要な情報変換や記憶行為をできている、そして集中力も発揮できる段階なんだろうと考えられます。

ここで話を英語学習に戻します。

英語教育は世界中の色んな地域で行われているので、様々な教育研究が行われていますが、その中で「書くこと」が減っていることを危惧する研究結果もあるようです。たとえばタブレット学習が増える一方、筆記体などを教える機会が減っているという報告があります。これは教育現場で「書くこと」が軽視されているとも言えます。

これらのことからも英語学習において、少なくとも初期の学習段階においては、「書くこと」が必須であるように思われます。中学1年次にアルファベットの書き取り(筆記体を含めて)から始まること、それと同時にフォニックスを学び、その後、単語を覚えるため、さらには正しい英文を覚える(つくる)ためには「書く」トレーニングが一定のレベルに到達するまでは欠かせないのだろうと考えます。

=調べることの意味=

調べるといえば辞書。しかし最近は辞書を持たない中高生が増えています。以前は学校で辞書の引き方を教えられたり、強制的に買わされたりしたものですが、最近ではそのようなことも当たり前ではないようで、高校生でも冊子辞書・電子辞書ともに持っていないことも少なくありません。その理由が「スマートフォン」の存在だと思います。スマートフォンの検索で手軽に英単語の意味を調べられるので、辞書を持つ必要がないわけです。

私の学生時代は当然、冊子辞書を使っていて、学習効果を考えて単語帳よりも辞書を携帯することを意識していました。その後、2000年代以降は「冊子辞書 VS 電子辞書」論争もありましたが、現状を考えると、その論争すら笑えてきます。そもそも英語を学習する際に辞書を使わなくなっているのですから。

たとえば冊子辞書の優位性を解く際に「調べた言葉に履歴や記憶の痕跡を残せる」という理由がありました。私個人は高校の先生から調べた英単語に鉛筆で線を引くように言われ、それを実践していました。また冊子辞書の方が、一瞥でたくさんの情報を認識することができることから、「下の方」まで、つまり多義語や語法、例文まで確認することができるという利点もあります。

電子辞書でも、メモリー機能はありますし、掲載されている情報は同じなので、それらを意識しながら使えば何の問題ないのですが、それがスマートフォンに置き換わった場合にどうなるのか? 当然ながらより少ない情報にしか触れられないということが想定されます。最近のAIモードであればなおさら要約された必要最低限の情報しか得られないかもしれません。

話を戻しますが、我々は「調べる」という行為によって、自分の疑問を自らの手によって解決しています。その行為は、受動的に与えられたものより記憶としてより刻まれることは言うまでもありません。ひと手間をかけることで、知識は広がり、記憶にも刻まれるはずです。そして、調べたことを自身の言葉で言語化することで、理解も深まるはずです。

=まとめ=

ここまで何か「アナログ」な話をしているようですが、タブレット学習を否定しているわけではありません。アプリを含めて言語学習はその恩恵をすでに受けていると感じます。しかし「書くこと」「調べること」をタブレット学習を前提としても実行できるよう、工夫なりルール化することが肝要です。昨今の「デジタル」な環境下でも、言語学習ひいては学習全般において、「書くこと」「調べること」の有用性を再認識し、日常の学習姿勢かつ学習の基本として意識し実践していただければと思います。

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